【組織変革が会議で止まる理由】良い経営者でいたい気持ちが招く決定の先送り帝国データバンクの調査で、2025年度の人手不足倒産は441件となり、3年連続で過去最多を更新しました。
従業員の退職が引き金になる倒産も、過去最多を記録しています。
人が辞める前に、組織のどこかを変える必要があった会社が、それだけ多かったという証拠です。
このニュースを読んで、私は違和感を覚えました。
多くの経営者は、変わらなければいけないと分かっています。
会議も開いています。
それでも現場は動きません。
会議室では、課題が整理されます。
資料も揃います。
反対意見も出尽くします。
それでも最後は「もう少し検討しましょう」で終わります。
この繰り返しが続くと、社員は静かに学習します。
「今回も、結局は変わらない」と…。
多くの会社では、情報共有、意見収集、問題発見、意思決定という役割が違う議題を、一つの会議で同時に扱おうとします。
営業は顧客への影響を語り、製造は品質と納期を心配し、管理部門は費用と負担を確認します。
論点が増えるほど、結論は遠のきます。
ただし、私は支援の現場を振り返るたびに、もう一つ深い層に行き当たります。
会議の設計を整えても現場が動かない会社では、経営者自身が「決める」のを避けたい気持ちを抱えています。
明確な決定には、必ず反対者が出ます。
誰かの役割を減らし、誰かに痛みを強いる場面が生まれるからです。
ここで経営者は、無意識に立ち止まります。
「話を聞いてくれる社長」という自分の姿を、壊したくないからです。
私自身、20代の頃は効率と数字を優先しすぎて、現場との間に強い軋轢を生んだ経験があります。
そこで痛感したのは、正しい論理だけでは人は動かないという事実です。
さらに40代前半には、将来への行き詰まりと自分の存在意義への問いに向き合った時期がありました。
あの頃気づいたのは、人は誰かに嫌われることより、自分の中にある「良い人」という像を守ることを優先しがちだという点です。
経営者も例外ではありません。
これまで1,200件を超える経営相談に向き合う中で、この混同を数多(あまた)見てきました。
経営者が「みんなの意見を尊重したい」と繰り返すほど、決定は先延ばしになり、社員は「結局、社長は決めない人だ」と受け止め始めます。
皮肉にも、優しさのつもりだった態度が、信頼を静かに削っていきます。
広告制作の現場で6万件を超える案件に関わり、人の行動と反応を観察し続けて分かったのは、人は「決めてくれない相手」より、「はっきり決めて、責任を引き受ける相手」に安心するという事実です。
打開の出発点は、会議の技術よりも先にあります。
経営者が、決定を避けたい理由を自分自身で言葉にする作業です。
私の支援では経営者と二人で、まずこの恐れをホワイトボードに書き出す時間を設けます。
頭の中にある迷いを文字にすると、恐れの正体が見え、多くの場合、実行を妨げるほど大きくないと経営者自身が気づきます。
そのうえで、会議では3点を明確にしてください。
今日、何を決めるか。誰が最終判断を下すか。
反対意見を聞いたうえで、それでも進める理由は何か。
そして全面導入か中止かの二択ではなく、対象部署や試行期間、見直す時期を先に決めて小さく試してください。
これは見切り発車ではなく、戻れる範囲を定めたうえで現場から判断材料を集める設計です。
恐れを直視した後にこの3点を決めれば、会議は話す場から一歩を決める場へ変わります。
組織が変わらない責任は、リーダーシップの欠如ではありません。
決定を先送りにしてしまう自分を、責める必要もありません。
それは、社員との関係を大切にしたいという、まっとうな気持ちの表れでもあります。
ただし、その気持ちが会社の変革を止めているのなら、向き合う価値はあります。
私は外部の評論家として理屈を語るつもりはありません。
契約前に交わした言葉のとおり、経営者の隣に立ち、「決められない自分」と一緒に向き合う立場を選んでいます。
決めるという「決断」は、社員を切り捨てるのではなく、責任を引き受ける形の優しさです。


