今日のテーマは『当たり前にすればいい』です。
いつまで経っても、やろうとしない
最近足が弱ってきているかも……そんなことをときどき感じるようになりました。
歩かなくちゃいけないなぁ。
そう思いながらあっという間に1週間が経ちます。
友人と話していると朝夕1日2回ウォーキングしているというのでその時にも「よし、ウォーキングをしよう」とその気になります。
でも、帰宅するとデスクワークを始めてしまいます。
いちどデスクワークを始めると集中していることもあり「そういえば、ウォーキングしなくちゃ。」という思いは、頭をよぎるのですが「さぁ、今からウォーキングをしよう」ということにはならず意識し始めてからもう、すでに3ヶ月も過ぎていました。
続けていると、変化が起きる
そんな頃に別の友人に誘われて早朝の会に参加しました。
なぜか頭がさえて気持ちも、いつもと違いリフレッシュしています。
これは調子いいと思いデスクワークを始めるとやはり集中力が違います。
そのまま午後2時ごろまでデスクワークをしてからおそい昼食をすませると軽い眠気がでてきたのでとくに予定もなかったこともありそのまま20分程度の仮眠をしました。
ふたたびデスクワークを開始。
しばらくして時計を見ると5時半近くになっていてなぜか?
「さぁ、今からウォーキング!」という気分に。
近所にあるショッピングセンターまでリュックを背負って日用品を買いながらのウォーキング。
次の日も、夕方になると前日に買い忘れた日用品をリュックを背負ってウォーキング。
それから数日「買いものウォーキング」を続けるとウォーキングシューズが欲しくなってネット通販でシューズを注文。
シューズが届くと「買いものウォーキング」も続きます。
そのうち、暑さをしのぐためメッシュのハンチングが欲しくなりネット通販でふたたび注文。
もう、こうなってくると「ウォーキングをしなくちゃ!」という義務感のようなものはなくなり夕方になると、自然にデスクワークのペースもウォーキングの時間に合わせるようになっています。
あの義務感のような「わざわざウォーキング」が「いつものウォーキング」に変化して当たり前になったということです。
何かを始めるときその動機は「義務感」や「責任感」かもしれません。
でもその「行為」や「行動」が当たり前になると違和感がなくなる。
これは素晴らしいことだと思いませんか。
つまり多少、苦になることでもそれを「習慣」にしてしまえば自分にとっての「当たり前になる」ということです。
あらたに何かを始めるときそれが「多少、苦になること」でもあなたが、それを「習慣」にしてしまえば苦になるどころかあなたの「当たり前」になるのです。
このことから何を学べるでしょうか?
ときには…たとえ面倒なことでもやらなくてはいけないことがある。
たとえ嫌なことでもやらなくてはいけないことがある。
でも……それを続けることで自分の気持ちに変化が起きて何かの工夫をすることでさらに続けることができる。
継続しようと心に誓うのではなくただ、続けてみることで変化が起きさらに続けることができる。
そして……続けることで違和感がなくなりいつのまにか自分の当たり前になっている。
*注1 成長社会:右肩上がりで成長できた社会。
モノを作れば売れていた社会。
*注2 成熟社会:右肩上がりの成長は期待できない社会。
モノを作っても売れなくなった社会。


