見積書を打ちながら時計を見ると、もう21時を回っていました。
明日も、同じような一日が待っています。
これだけ動き続けているのに、事業はなぜ大きくならないのか。
そう漏らす事業家に、私は何人も出会ってきました。
中小企業庁が2026年4月に公表した「2026年版中小企業白書」に、この先を占う厳しい数字があります。
労働供給の制約により、2040年には雇用者数が2018年比で84.1%まで縮小すると見込まれています。
今すでに人手が足りないと感じている会社にとって、これから先、働き手はさらに減っていきます。
採用を増やして人手を補うという発想は、この先、通用しにくくなります。
パイの奪い合いではなく、限られた人数でどこまで事業を伸ばせるかという発想への切り替えが迫られています。
白書はそのうえで、踏み込んだ指摘をしています。
短期的な利益を追うだけではなく、リスクをとって長期的な視点で事業や組織の構造を再構築できるかどうか。
経営者の能力の差は、ここで明暗を分けると書かれています。
同じ白書には、業種による生産性の壁も示されています。
宿泊業・飲食サービス業の一人当たり労働生産性は343.0万円で、建設業の884.8万円の、4割にも届きません。
どれだけ現場が動き続けても、事業の構造自体が、成果の天井を決めてしまうのです。
生まれた業種を嘆いても、現実は変わりません。
賃上げの数字にも、同じ構造が表れています。
中小企業の労働分配率は74.4%、小規模企業では81.5%に達しており、大企業の47.3%を大きく上回ります。
営業純益は付加価値額の9.5%にとどまり、賃上げの余地は、すでに限界近くまで来ています。
人材育成でも、同じねじれが起きています。
OJTとOFF-JTを両方行った企業の付加価値増加率は、22.6%にのぼるという結果が出ています。
にもかかわらず、OFF-JTに取り組んでいる中小企業は34.1%にとどまっています。
効果が分かっていても、6割以上の企業が、その手を打てていません。
私はこれまで、1,200件以上の経営相談を受けてきました。
相談に来る事業家の多くは、決して怠けているわけではありません。
むしろ、誰よりも長く働き、誰よりも現場に詳しい方がほとんどです。
しかし、話を聞いていくと、一年前と今日で、判断の中身がほとんど変わっていないと気づきます。
目の前の仕事に追われるほど、経営者は考える時間を後回しにしがちです。
考える時間は、今日の売上には直結しません。
だから、忙しいときほど真っ先に削られてしまいます。
さらに厄介なのは、まだやれる余地があると、次々に新しい施策へ手を広げてしまう癖です。
一つの取り組みに集中する時間が削られ、結局どれも中途半端に終わります。
動く量を増やすほど、一つひとつの努力が薄まっていきます。
もっと頑張れという精神論では、この構造は変わりません。
自ら代表取締役として経営した会社では、10年間伸び悩んでいた業績を、3年間で売上・社員数ともに150%まで伸ばした経験があります。
和歌山県の老舗漬物会社の支援でも、年商28億円から58億円へ、3年で2倍以上に成長する場面に立ち会いました。
どちらの現場でも、変えたのは働く時間の長さではありません。
経営者自身の時間と判断を、どの業務に投じるかという、順番です。
どちらの現場も、最初の数カ月は、目に見える変化がほとんどありませんでした。
売上も、社員の顔つきも、すぐには変わりません。
だからこそ、長期の努力には、途中で投げ出さない覚悟が要ります。
必要なのは、動く量を増やすのではなく、時間を置く場所を選び直す判断です。
第一に、自社の利益率が高い商品・サービスに、時間を集中させます。
第二に、成果につながらない業務は、思い切って外部や仕組みに任せます。
第三に、任せた分だけ増える時間を、人材育成のように効果が実証されている投資へ、先回りして振り向けます。
このとき基準になるのは、好き嫌いや勢いではなく、利益率と再現性です。
一度うまくいった方法を、来年も、来期も、同じ形で繰り返せるかを確認します。
判断軸のない事業家ほど、空いた時間を、また目の前の仕事で埋めてしまいます。
短期の忙しさに逃げ込むほうが、実は楽だからです。
考える時間は、すぐに答えが出ません。
迷いや不安と、しばらく向き合い続けなければならないからです。
社員から見れば、経営者が現場に張り付いているより、迷いながらも構造を考え抜いた判断を示してくれるほうが、はるかに安心できます。
中小企業白書は、現状維持は最大のリスクだと警告しています。
今の忙しさをそのまま続けても、悪意ある結果にはなりません。
ただ、2040年に働き手が減った市場で、同じ規模のまま立ち止まるだけです。
もし今、動き続けているのに事業が大きくならないと感じているなら、それは努力が足りないからではありません。
その時間を、どこに置くかを、見直すタイミングが来ているのです。


