社員が手を挙げるのを待つだけの会社は、人材を眠らせたまま、成長の機会を逃しています。
しかし、手挙げ制を導入すれば解決する、という話でもありません。
中外製薬は、2025年1月から、異動を原則として手挙げ制に切り替えました。
空きポジションの要件を社内に公開し、社員が自分で応募する仕組みです。
同社は、社員の主体性と挑戦を後押しするために、この制度を導入しました。
日経ビジネスは、組織は人材を個人任せにしてはならない、という視点で、この制度を取り上げています。
2025年上半期には、全社員の約2割が応募しました。
応募は延べ1,662件で、687人が合格しています。
全異動のうち、約68%が手挙げで決まりました。
一般社員が、最大4段階の飛び級で昇進した例もあります。
自ら給与レンジ(上限と下限の幅)を下げてまで、新しい仕事に応募した社員も、数十人いたと報じられています。
奥田社長は、社員が自分でキャリアを考え始めた点が背景にある、と見ています。
人事を担当する矢野氏は、上司と部下が互いに選び合うため、決まった人の意欲は非常に高いと語っています。
ただし、この数字には裏側があります。
手を挙げたのは約2割で、残りの約8割は手を挙げていません。
NewsPicksによると、手挙げをしなければ、上位のポジションには就けません。
選ばれなかった社員の意欲をどう保つか、突然部下がいなくなる部署にどう対応するか、という課題も報じられています。
NewsPicksは、現状維持の社員への対処が、改革の副作用として避けられないとも指摘しています。
さらに、OpenWorkの大澤社長は、同社の最近の評価に、変化への拒否反応が一部見られると説明しています。
奥田社長は、手を挙げなかった社員とは、上司との対話で考えを引き出したいと話しています。
手を挙げた人だけが伸びる会社になれば、手を挙げない約8割の力は、置き去りになります。
つまり、手挙げ制の成否は、手を挙げない社員に、経営者や上司がどう向き合うかで決まります。
私にも、手を挙げる前に声をかけた経験があります。
前職の社長時代に、最大手のクライアントから、DXを担う人材が少ないため力を貸してほしい、と打診を受けました。
私は、この人にお願いしたいと考えた社員に、1対1で話をしました。
将来のキャリア形成に、大変有力な経験になると伝えました。
内容は、本人がそれまで従事してきた職域を超えるため、本人にとっては挑戦です。
一方で、最大のクライアントの中に入り、最先端の内容を一緒に作り上げる経験は、私自身が体験したいほど、わくわくする内容でした。
ただし、強引に説得するつもりはありませんでした。
将来の希望や夢、可能性について、提案をしたのです。
本人が、100%理解して承諾した、という反応は見えませんでした。
それでも、最終的には了解を得られました。
この機会は、手挙げでは生まれませんでした。
打診を受けた私が、本人への声掛けから始まりました。
出向から3か月ほどで、具体的な成果が見え始めました。
本人も、自分の実力に確信を持ち始めていました。
その後、この領域で自分の活躍の場を広げたい、という願望が出てきました。
半年後には、出向先のチームにも打ち解けていました。
最終的には、そのクライアントのグループ会社に転職しました。
社内に残る形ではありませんでしたが、本人の領域は確実に広がりました。
手を挙げる意欲は、機会に出会って初めて、本人の中に生まれる場合があります。
声をかけられた側は、すぐには納得しないかもしれません。
それでも、声をかけて将来の可能性を示せば、動き出す人がいます。
一方で、自ら手を挙げる社員もいます。
ある顧問先では、それまで生産部門で働いていた方が、営業部門の補強のために、自ら手を挙げました。
生産部門の仕事を続けながら、営業部門でも仕事をする、という内容でした。
最終的には、経営者の判断で、その方は執行役員になりました。
本人は、違う領域も含めて、会社の全体を見渡せるようになりました。
さらに、生産部門の方々が、一段上の仕事を志すようになりました。
結果として、生産部門の生産性を高めるきっかけにもなりました。
一人の手挙げが、周囲の意欲にも影響したのです。
ただし、この流れは、手を挙げた方を受け止め、役割と処遇で応えた経営者の判断があって成り立ちました。
もちろん、中外製薬は社員が約7,800人の大企業です。
約2,000種のポジションを定義した仕組みを、そのまま取り入れるのは中小企業には難しいはずです。
中小企業が先に整えるのは、仕組みよりも、対話です。
第一に、経営者が、社員一人ひとりの将来の希望を、1対1で聞きます。
第二に、機会を示すときは、会社の都合だけでなく、本人の将来にどうつながるかを伝えます。
第三に、手を挙げなかった社員にも、選ばれなかった社員にも、考えを聞き、理由を伝えます。
仕組みは後からでも作れますが、対話は今日から始められます。
あなたの会社には、まだ手を挙げていないだけの人材が、いませんか。
その人に、最初にかける一言は何でしょうか。
社員の可能性を信じて声をかける経営者を、私は応援しています。
【出典】日経ビジネス「人事制度改革で異動を手挙げ制に 4段階飛び級も降級も、異能を生かす組織術」(2026-10-23)、NewsPicks「【年収1200万】トップ1%。昭和企業の人事改革がすごい」(2025-10-07)、ミクスOnline「中外製薬 1月導入のジョブポスティングに延べ1662件の社員応募 687人が合格 奥田社長CEO」(2025-07-29)、ビジネスインサイダー「手挙げで4段階飛び級昇進も。中外製薬、奥田社長語る手応えと課題」(2025-07-30)、労働新聞「昇格含め“異動”を公募制に 非管理職も職務等級 中外製薬」(2025-03-06)、中外製薬「新人事制度導入のお知らせ」(2025-01-06)


